稼ぐより踊れ!かも。

※ショーレット2玉めに入った時の過去画像
つれづれ恩恵日記
ピカソやダヴィンチ
むかし考えたことだけど、ピカソやダヴィンチのように突出した画家がいないけど、その画家の才能は、その、突出がいない分、薄くなって広まっているんじゃないか。
たとえば、ピカソ1人の才能が、5分の1ずつ5人に、100分の1ずつ100人に...ってな感じ、1億分の1ずつ1億人に...とか。
お釈迦様やイエス様の意識も、みんなの共有意識になっているって読んだことがあるから、あながち外れでもないかもしれない。
恩恵は
自分が創って、よく出来た!って思うものも、過去人の才能から流れてきた才能の、ロックじゃなくソーダ割りの、お陰だから、だから、「これ創った!わたしのアイデア!似たようなものを作らないで!」って、欲張るのは、やっぱり、たぶん、そのまんま「欲張り」かもなぁ。
もちろん、その努力とか技術とか注いだ情熱や金銭や時間は尊い。尊いからこそ、むしろ、その尊さは自分で密やかに、さりげなく、自分の中で自負して、そこで完結したとしても十分満足ともいえるかも。
報酬発生賛成
以前、「手芸本に掲載された作品を、誰かにつくってあげて、お金をもらったら著作権違反」とか話してた本の作家さんがいたけど、もともと、儲からない手芸の世界に一緒に住んでいて、誰かが、誰かのために作って、作った誰かに報酬が発生することは、喜ばしいことだと思うけど。
針と糸の世界。自分が全くのゼロから見つけたものではなかったりするだろうし、誰もが似たようなレベルで物体化できるものなら、紙面を見て、縫って編んで着て歩けるレベルのものを作成してお金になった読者さんがいたとして、そこまで制限(家族や友人でも「お金を発生させたらアウトです」って言ってらしたような)しなくてもよさそう。むしろ、ウィンウィンのような♪♪
企業とかライセンスとか、は別。
手放したもん勝ち
勝ち負けじゃないけど、ほんと、時代は変わり目だから、「わたしの才能、わたしのお金」って、囲っていたら、いつの間にか。。。(抽象)
あれあれ?みんな、お金とか著作権とか主張せずに、輪になって楽しそうに踊ってる。そんな世界を前に、きょとんとしちゃいそう。。。(実態)
そもそも、儲からない手芸の世界で、自分(達)だけは儲けたい、有名になりたい、あの人が稼ぐのに嫉妬する、わたしの作品スゴイでしょアピールとか、この時代にもそっち(守りや持つ)に思考があるとしたら、手は合っていても、脳(心)が合っていかなくなるかもなぁとか思う。
結論は、結論になってないけど笑、自己完結でもよいとして、創れるものが溢れて止まらない♡とか、そういう情熱の才能に憧れる。。。
今日も一日。
↓↓経済、世界の変容、最近のAIなどの動向を、違う分野の優秀な方から知っておこうと思って読んだ。「稼ぐより踊れ!」のニュアンスやそんな未来は想像出来る。
才能や財産や有名度や志向や表現力は違っても、時たま、考えてることの結論が似てたりすると、きっと「未来の最終地点はそこ」というのはあるんじゃないかなと思う。
「ヴォーグ学園1年生の頃のたりるん」に「編むことや生きることで少しだけ経験を積んだたりるん」が、そういう話を「手渡ししたい♡」と願って置いているブログです