【編み物本を編む】~ルーエル通り39番地

ニット女子が「本」と「生きる」を編むブログ

サルコーマ手術から3年-③【2015年4月入院中の記録】

命に対して必死の時に気づいたこと

約2週間入院しました。毎日の測定表(体温・血圧・体重・食事の量などのB4の紙)に、大きな日の丸をもらった日が退院日。そっか~(^^)/ がんばったから(祝)日の丸! 先生方のアイデアはまさに愛だ~♡

回診前に毎朝早くから、最初の難関であるお腹の調子を心配しに来てくださったY先生(私は毎度脂汗状態です^_^;)。回診の時間、一足先にカーテン越しに、ニッと覗いてくださったO先生。大学病院なので、チームで朝夕、見に来てくださるのですが、雰囲気が良くて回診が楽しみでした。

同じく最初の難関、支えてもらってやっと立てた時の喜び、一緒に歩いてくれた看護師のMちゃん。はじめの一歩はとても嬉しかった。肺機能をあげるために吹くおもちゃとかもありました。

歩くように歩くように指導があるのですが、3日めくらいかな?やっと歩けて。最初の頃は、廊下を何周とかが目標だったんだけど、後半は、スマホで音楽を聴きながら歩くと、つらくなく歩けるし、外来の方まで歩く練習をしたりしていました。一番励まされた曲は ♪ to Uで、「あの曲」と「生きようとがんばっている自分」は、今でもイコールです。


※4月8日花まつり・お釈迦様の誕生日 メッセージ付きのご馳走

開腹手術では出した臓器をどひゃっとお腹に戻してあり、腸がねじれてくっついたりして、腸閉塞になる可能性があるという情報が心配でした。O先生が「とにかく歩くこと。歩くと、臓器は、その人にとって一番良い場所に落ち着くから」と知識を授けてくださいました。「その人にとって一番良い場所に...」という言葉は、人体の神秘だなぁと、とても印象深く響きました。

と、スムーズなようですが、入院中、O先生に「生きられるのがあと3ヶ月くらいなら教えておいてください(-_-)」って訊ねたりしていました。命があるとしても、おそらく「再発>手術>再発>手術...」と聞いていたので、怖かったし、退院してからもすぐに、1年のほとんどの日を病院で過ごすことになるんだと思ってた。

1日1日を最後の1日と思って、大切に生きよう!と思ってました。


※4月の、青い青い青空

腫瘍の大きさは、ウソのようですが、3キロ(3.4or3.8キロ、約40cm×30cm)以上あったので、まさに赤ずきんちゃんのオオカミのように縦に長く切ってあり、30針以上縫ってありました(ホチキスで留めて、ですが)。なのに、痛みもなく気がつかないまま大きくなる脂肪肉腫という病...

術前説明にあったお腹の管も輸血も必要なく、短時間で鮮やかにつるんとY先生が取り出してくださったのだそうですm(_ _)m 

生かすこと、生きること

入院中に思ったことは、生きるか死ぬかの病室という場所は天国のようなところだということです。健康な側からみると、どちらかというと陰のイメージが強いと思います。実際は、お医者様、看護師さん、患者の使命が「生かすこと、生きること」につきる、根源のみなので、ただただ、太陽の光に包まれたような場所なのです。

陽のイメージ側の一般社会で日常的な、いじめ・ねたみ・悪口・地位や権力志向。陰陽のイメージとは逆で、病室の方にこそ、人として理想の感情が溢れていることを知りました。命に対して必死の時は、誰もが、ただただ温かくて優しくて強いのでした。


Opal毛糸を1玉持参していました。

※誰かのために編めてる、生きてる(^^)v


退院

◆処方薬
酸化マグネシウム・大建注湯(腸閉塞対策、腸の動きをよくする副作用の少ないお薬と漢方のみ)
ロキソプロフェン(一応、痛み止め) 

◆退院療養計画書の注意事項
・1週間後の外来予約
・定期的に通院・検査
・食事、入浴、運動についての制限はありません。

◆支払い。診療明細書、診断書(退院時診断名「後腹膜腫瘍」>病理診断後「高分化型脂肪肉腫」)をもらう。

歩く練習はしていたものの、病院の外の世の中のスピードは速く、キズは痛く、大変でした(T_T) でも、家に帰れるのでひとまず成功です!


いつもありがとうございます。またね!

私の経過記録です(つづく)
①サルコーマ宣告の半年前からの様子
②サルコーマ宣告の日の記録
③サルコーマの手術前日の記録
④サルコーマの手術当日の記録
⑤サルコーマ入院中の記録

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"自分にとって、自分自身が最良の医者" by ルイジ・コルナロ『無病法